私は幸せになれるか

幸せの追求。家族の記録。

夫のパワーワードに振り回されない

私の夫はすぐに家を出て行く。年に2度は家出する。

結婚生活をやめたい
一人でいたい
家に帰りたくない
お前のことはもう好きじゃない
一緒にやっていけない
話したくない

 

そう言って、子ども二人を置いて家を出ては、
深夜や早朝に風呂に入りにだけ帰宅し、鉢合わせた子供や私に「なんとも俺は不幸」という顔をしてまた家を出て行く。

私は離婚する気はさらさらないので、そんな夫がいつもの時間に帰宅して、いつも通りの生活に戻るまで子どもたちと普通に過ごす。

もう振り回されないことに決めたのだ。

 

子供たちは7歳と5歳で乳幼児の時に比べ手が掛からなくなった。とはいえ、留守番はまだまだ当分出来ないだろうし、お母さん見て見て!の連呼や、兄妹喧嘩もあって目は離せない。
宿題をみたり、描いた絵を誉めたり、良いことや悪いことの分別を教えたり、お世話こそしないが教えることは増えた。

何もしなくても疲れる、特別なことをしている訳ではないけど、なんだか部屋がずっと散らかっている。

普段は夫が20時には帰ってきて、子どもたちを寝かしつけてくれたり、夫と話ができたりするので、まぁいっか!で済ませられるけど、

夫が仕事から帰宅後、友達に会いに行くとか、馴染みの店に顔を出しに行くなど言って夜に外出したり、夫の友達との会合に私や子どもたちも同席したりする日が数日続くと私の疲れはピークに達する。

夫を快く送り出せない。
とにかく快く送り出せない。

結果、夫は上記の発言をして家を出て行くのだ。

 

そして今回夫が家出をした日曜日は、こんなことを言われた。

大変だったって、お前は今日一日何してたんだ。
俺は仕事をしていた。
お前は何をしてたんだ。
昼は何を作って食べたんだ。
他に何をしてたんだ。
何が大変だったんだ。
説明しろ。

これを言われて、私がすらすら答えられたところで
大変だった認定はされない訳で。

以前のケンカの際に同じことを言われた時には
悔しくて悔しくて、私の家事という思いやりは夫には伝わらない。やっぱり私は孤独なんだとわんわん泣いた。
しばらく卑屈になって、私なんてどうせ!と自暴自棄になってゴハン作るのも掃除するのも、何のためなんだ?と自問してわんわん泣いた。
少しでも家計の足しにと週3で働きに出たパートも、何の生産性もない意味のないもののような気がしていた。

 

でも、今回は違う。
私はそんな夫のパワーワードには振り回されない。

夫に今日何してたと詰められたとき、7歳の息子が割って入って夫にこう言った

お母さんは!俺たちのごはんを作って!
掃除機をかけて!大変だった!!

そして、夫が出て行った後
私が、息子に喧嘩しちゃってごめんね、と言うと

おれは、何を言ってるのかよく分からなかったけど
お父さんが今日何してたか言ってみろ!って悪口でお母さんに言ってるのは分かった
と私に言った。

 

私は孤独ではない。

夫は時々気が触れて、モラハラ夫の典型ワードを吐いて私を最大限に傷つけようとするけれど
元々は子煩悩で思いやりのある人なのは知っているし、子どもたちもそんな夫が大好きである。

だから、夫のパワーワードには振り回されず
子どもたちとのんびり夫の帰りを待つのだ。